地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信

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渡部昇一

美談を伝えよう            渡部昇一

小学生の頃に読んだ雑誌か絵本の記憶から語らしていただく。その日露戦争についての記憶が正しいとすれば、上村彦之丞という艦長が、撃沈したロシアの軍艦の水兵たちを救い上げた。追撃戦に移って行けば更に戦果を拡大できたのに、そこで戦闘を中止して敵兵の救助活動に当たったのは、まことに「武士の情」を知っている人として称賛されていた。

そんなことを想い出したのは、最近、恵隆之介氏の『敵兵を救助せよ』という本を知ったからである。

昭和17年(1942)3月のスラバヤ沖海戦で、日本海軍の駆逐艦「雷」が、撃沈されたイギリスの軍艦の乗員約450人を救ったという話である。その時に助けられたイギリス海軍の士官サムエル・フォール卿が、「雷」の艦長工藤俊作中佐の戦後の消息を捜し続けるという話である。

実はこの話を、30年前ぐらいの「タイム」か「エコノミスト」の投書欄で読んだことがあった。日本人残虐説が一般的で、ジャパン・バッシングがあった時に、日本の軍艦に助けられた元イギリス海軍軍人の人の文章だった。私はこの話をその頃書いたものに引用したことがあるが、それがどうもフォール卿だったのではないかと思う。

工藤中佐は山形県ご出身だという。そして少年の頃に上村彦之丞提督の敵兵救助の話を読んで、海戦における武士道というものに感激したのではないだろうか、それがスラバヤ沖海戦で生かされ、それが戦後もイギリスの中に反日風潮の中でも、イギリス海軍関係者の中では、親日の気風が続いていた、ということにも関係があるのではなかろうか。

子供は美談に敏感なものある。新井白石の勉強ぶりとか、中江藤樹の親孝行の話を読めば、話の通りのようなことはできなくても学問に対する向上心が呼び起こされたり、親孝行は美しいもので自分もそうすべきだ、というぐらいの気になるであろう。道徳、あるいは徳目の起源については諸説あろうが、先人や他人の行為を見て「美しい」と感ずることができる時に、その行為につけた名前が徳目ではあるまいか。忠とか孝とか悌とか信とか、徳目の名誉の前には人を感心させた行為があったに違いない。

そしてよい徳目が発揮された話を読んだり聞いたりする人は感激し、共感し、心のどこかにその影響が残る。

最近では工藤艦長の武士道的行為の本を読んだという知り合いの中年婦人――私の娘ぐらいの年齢――が言った。「あの本を読んだら心が明るくなった気がしました」と。

道徳教育の一つの道は、われわれが「美しい」と感じるような実話を年少の者たちに伝えることではないなかろうかと思う。

健全な少年少女にとって、美しい、為になる話は、同時に面白いのである。教室で工藤艦長の話をすれば、子供たちの目は必ず輝くはずだ。われわれは世界中の美しい話、よい話、そして特に日本人の行った素晴らしい話を子供に伝えるべきであろう。

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