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動く沖縄(産経新聞・平成9年5月16日一面)

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米国の冷静な目

アジア安保に保険の役割

 米国務省の招待を受けて、ワシントンを訪問している沖縄在住の銀行員、恵隆之介(めぐみ・りゅうのすけ)氏が、米国防総省やシンクタンクで引っ張りだこだ。国防総省のサッコ・サコタ二本部長らとの朝食会が飛び込んだり、国務省と国防大学での公演が重なったりで、調整に苦慮する始末である。
  米軍基地の返還を主張する大田昌秀・沖縄県知事に対し、言論の分野で真正面から反論を挑んでいるこの小柄なビジネスマンに、米側は沖縄の真の民意がどこにあるのかを聞きたがっているのだ。
  大田知事はこの4月に訪米し、在沖縄米軍の削減などを「沖縄の民意」としてキャンベル国防副次官補らに訴えてきた。しかし多くの随行員を引き連れての訪米だった割には、肝心のコーエン国防長官とは会えず、上下両院議員との会談は短縮され、直前の会合キャンセルも相次いだ。
  米軍の反応が予想以上に冷たかったのは、「もはや軍事同盟は不要」と説く大田知事の非現実性にうんざりしたのと、自治体外交への疑問からであった。さらに知事のいう「民意」が本当に沖縄の声を代表しているのかに対する疑問が、この時すでに頭をもたげていたのである。
  一方の恵氏は、沖縄県にあて、単身荒野を行くがごとき言論活動を展開している。月刊誌などを通じて恵氏は、基地全廃を公約に掲げて当選した大田知事が、沖縄大学の「北朝鮮礼賛派」の教授らまで米国に派遣し、基地返還をいわせた事実を見破っていた。
  恵氏は、大田知事が「沖縄人は本土から差別されてきた」と決まり文句を繰り返し、反戦運動家は北朝鮮のチュチェ(主体)思想に沖縄独立の見果てぬ夢を託していると指摘する。反基地運動が沖縄の総意ではなく、「基地問題で政府の譲歩を引き出し、国家財政に頼ろうとする意図」を追求してきた。
  すでに恵氏の論文は英訳されて米国の安全保障専門家の間に配布されている。その均衡のとれた論旨はバンダービルト大学のジム・アワー教授(元米国務省日本部長)らが絶賛している。
  東アジアには、中国が軍備を拡大して台湾への武力侵略を放棄していない事実があり、食糧危機にありながら、核開発疑惑が指摘される軍事国家・北朝鮮がある。このまま米軍の前方展開の軸である沖縄が揺らいでいて「北朝鮮の侵攻など最悪の事態が発生したらどう対処するのか」という警戒感が米国側にはある。
  実際、1950年6月に北朝鮮の南侵ではじまった朝鮮戦争は、3年間で米国は3万3千人、韓国はその2倍、北朝鮮と中国は100万から200万の死者を出した。いったん抑止力が崩れて戦闘行動がはじまると、勝敗にかかわりなく大量の流血は避けられないのだ。
  従ってジョセフ・ナイ前国防次官補は、米国が沖縄を含むアジア太平洋で積極的な役割を担うことで「対立が紛争に発展するのを防いでいる」と述べ、戦争を抑止する保険の役割を強調している。さらに北朝鮮の脅威を目の前に「米軍の削減を10万人でとどめるとの決定がされた」という。 だが、大田知事が削減のターゲットにしている海兵隊の頂点にいるチャールズ・クルラク海兵隊司令官(大将)は、東アジアだけに限定せず「もっと大きな視野から沖縄の機能を考えるべきだ」と軍の立場を指摘する。
  クルラク司令官はさらに、海兵隊の前方展開が「朝鮮半島をけん制する5年後だけの想定ではなく、20年後を見通している」と述べ、北朝鮮が統一された後も長期戦略の中に位置付けられていることを強調した。特に前方展開している海兵隊が、東南アジアからインド洋を経てペルシャ湾に至る地域をカバー範囲としており、「広い視野を失うべきでない」とクギを刺した。実際、湾岸戦争のさいには沖縄の海兵隊もペルシャ湾に投入されている。
  だが米国内にもブルッキングス研究所のマイク・モチヅキ主任研究員のように、沖縄海兵隊1万8千人をハワイか米本土まで撤退させるべきとする議論がある。しかし、モチヅキ氏は「あくまで自衛隊がその機能を代替・強化し、有事即応の態勢の整備を前提としている」のであり、大田知事から撤退論として都合よく引用されることを嫌っている。
  すでにコーエン国防長官は、他の地域で米軍の前方展開規模が縮小されても、「アジア太平洋の10万人体制は動かせない」と述べ、近く4年に一度の「国防計画見直し」に盛り込む予定だ。沖縄問題に注意を払いつつも、この問題で日米同盟が崩れ去ることをもっとも懸念しているのだ。
(ワシントン 湯浅博)

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